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飼育✻販売のお仕事
第3章 従業員面接①・元寝取り会社員〜伊澄〜


 伊澄に目移りした女は今年初め、件の上司と入籍する約束を交わしていた。

 日頃から男は横柄だった。部下はもちろん、問題の女に対してさえ、思い通りにならなければものでも扱う態度で横暴を振るう。

 学生だった時分から、伊澄は異性愛者の女に人気があった。
 男より精悍な顔かたちに、それでいて男より繊細な佇まい──…遺伝に由来して長身で、演劇部で男役を務めていた生徒には、いかにすればこれだけの低音が保てるのかと、発声の指南を要求されたくらいである。

 多少は努力が積み上げたものだ。

 伊澄は世間が女らしいだのと定義づける要素に、徹底して反発していた。高校を卒業する頃には休日私服で歩いていると、のべつ逆ナンと呼ばれるものに遭うようになっており、共学の大学にいた時分は、もはやレズビアンの女には相手にもされなくなっていた。しかるに、恋人が出来ても必ず男に奪われる。

 そして今年、上司の恋人であれ好みの女と枕を交わす縁に恵まれ、今度こそ永遠のリアル充実とやらを享受出来るかと淡い期待に顫えた。

 あの人とは違う、優しくて思い遣りのある貴女が大好き。

 安心しきった女の顔が、今でも目蓋の裏に浮かぶ。


 だが数日後、破棄されたのは彼らの婚約ではなく、会社と伊澄の契約だった。


 十分、自分で自分を憐れんだ。他人に憐れまれるほど憐れみ足りなくなくなるほどに。



「結野さん」

「はい」

「このあと面接を控えている新崎りつき(しんざきりつき)さん。彼女、ご自宅の電話番号が同じよね」

「はい」

「お付き合いされているのではないの?」

「あ、彼女は……」


 りつき本人に訊いて下さい。


 片や恋人を寝取られたくらいで古株が代表取締役に泣きつく企業もあれば、面接にラフな格好で挑み、質問に対する回答を拒否した応募者が採用される個人経営店もある。

 不本意にも伊澄は里子の同情を誘い、翌日初出勤が決まった。

 「ふぁみりあ」の業務を里子が説明している途中、ふと、隅にある診察台が目についた。従業員が仮眠にでも使うのか。


 どこかで嗅いだ覚えのある匂いが、伊澄の肌にまとわった。
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