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愛し愛され
第2章 寒山寺の鐘の音


脈絡もなく、博人のことが思い出された。

地震の夜。

重ねた手。そして、長い長い階段室で、ほんの一瞬、もたれた胸。彼の奥行きの深さを垣間見た一瞬。

何かの拍子に、洞察力がはるか彼方まで届き、相手のすべてを理解するような瞬間が訪れることがある。手を重ねた一瞬。胸に抱かれた一瞬は、まさにそんな瞬間だったことが、いまはじめてわかった。

そして博人には、何もかもを見透かされていたのかもしれない、と思った。自分があの時、そうだったように。



恋人ではない。

友だちでもない。

不思議な男性だと思う。

熱心に求愛するくせに、気持ちの盛り上がる一歩手前で、彼はいつもUターンする。既に成熟した男女として知り合ったのにもかかわらず、彼らはキスのひとつもすることなく、しかし会えば、半ば冗談のような愛の言葉を交しあう。

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