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愛し愛され
第2章 寒山寺の鐘の音
彼がバスルームのドアを開けた。
彼女は携帯メールの「送信」ボタンを押す。瞬く間に、写真とテキストはこの部屋から飛んでいった。
毛足のしっかりしたバスタオルで身体をぬぐった彼は、エアコンの効いた部屋で身体の火照りを覚ますと、シャツを着た。
さほ子もパープルのカットソーのワンピースを着る。
部屋をでる前に彼がハグしてくれた。その甘く大きな腕は、誰のためのものなのか、とさほ子は思う。彼の妻のものなのか、自分のものなのか。おそらく、折りに触れてその所有者は変わるのだ。すくなくともいま現在は自分のものだ。では自分の身体はどうだ。さほ子は自分の胸に問う。愚問だ。答えるまでもないと思い、彼女はその問いを瞬殺する。
何日後か。なにをしていたの?、と博人が訊くかもしれない。いつものように、ふざけて、でもすこし気取った口調で。
その時自分はなんと答えるのだろうか?
恋人とホテルでセックスをしていた、と答えて彼の恋心を蹴散らすこともできよう。
けれども。
もうすこし情緒ある返答を用意しておきたい。
例えばあの古い歌にちなんで、鐘の音を聞いていた、と答えるのはどうだろう?
寒山寺の鐘の音を聞いていたのだ、と。微笑しながら。
それがもっとも自分らしい、と、恋人の乗ったクルマを見送りながら、さほ子はそう結論した。