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愛し愛され
第3章 腰元のVサイン

わずかなのすれ違いの瞬間は、極度の集中で、何時間も続くスローモーションのように引き伸ばされる。
もう片方の足を車内にひきこむと、目の前の機械から整理券を抜き取る。
博人の背後で入り口のドアが閉まり、車両の中央で出口のドアが閉まる。圧搾空気のため息が、二箇所で聞かれる。
年若いガールフレンドは手すりにつかまって、窓の外を見ていた。
彼はもう一度、車両の窓からさほ子を探す。
さほ子は、道路の真ん中のホームの端の階段へ向けて、歩いていくところだった。片手は連れの男性の手を握り、空いた手を、自分の白いコートの腰へ回していた。
そして、その手は、Vサインを作っていた。
博人はその瞬間、隣にいるガールフレンドのことを忘れた。
さほ子と博人だけがそこにいて、ふたりだけが分かり合える何ごとかをそっと、分かち合っていると信じた。透明な鼓動が、ふたりのあいだを行き交った。そこにはどんなモラルも、ルールもなかった。
あぁ、ぼくはあの人を愛し始めている。
どうしようもないくらい、彼はそう思った。
ただの一度も、くちづけさえしたことがないというのに。

