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愛し愛され
第7章 夕暮れのくちづけ

言った瞬間に、さほ子は後悔をした。
そして自分がとても幼い子どものような気がした。まるで自分の息子たちと同じだ、と彼女は思う。正しい言葉の使い方を知らず、あちらにぶつかり、こちらにぶつかりしながらコミュニケーションの仕方を学んでゆく彼らと、まるっきり同じだ、と彼女は思う。
いつも、男たちにちやほやされてきた。
自分はそこで微笑んでいるだけで、彼らは彼女にさまざまなものをもたらした。彼女はそれを選ぶだけでよかった。ただしい選択をし続けること、が男女関係におけるさほ子の基本的なスタンスだった。時に間違いを犯すことはある。それは学習となり、次の機会には正しい選択ができるような知識を与えてくれた。
でもさほ子は、自分から能動的に何かを掴み取ったことがなかった自分自身の歴史を、その瞬間痛烈に意識した。
言った瞬間に、さほ子は後悔をした。
自分は、正しい言葉遣いができないのだ、と思った。「あたしとセックス、したい?」ではなく、「あたしは、あなたと、セックスがしたい」と言うべきだったのだ。
現に、自分のとなりにいるこの彼は、言葉をなくしてしまったではないか。
「ごめん、ごめん」と彼女は言った。「困らせるつもりはなかったの。ごめんね」
「いや、こっちこそ」と、博人は答える。
「あのね、」と彼はさほ子の方を向いて言う。その顔を見て。その目を見て。
「どうしたんだろ、って自分でも思うよ。あなたのこと、あんなに好きだったのに」
「うん」
「あの時、セックスできなかったことが原因なんじゃないんだ」彼は照れくさそうに髪を掻きながら言った。「きっとそれも、別にある原因のひとつの結果なんだ」
「どういうこと?」
「理屈っぽい話だけど、いいかい?」
さほ子は、肩の力が抜けるのを感じた。優しい男だ、と改めて思った。
「もちろん」そういって彼女は立ち上がると、海に背を向け、改めてベンチに座りなおした。博人と真逆、芝生の丘越しに、暮れかかってゆく冬の空が見えた。さほ子はそっと、がっしりとした博人の肩に、自分の肩を預けた。「つづけて。聞かせて。あなたの、理屈」おだやかな気持ちだった。

