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愛し愛され
第8章 愛し愛され
三月初旬の午後三時。
真冬の底からすれば少しは暖かくなったものの、まだまだ寒い季節だ。上の子の幼稚園の近くまでクルマで出向き、下の子と馴染みのカフェでおやつの時間だった。
カフェの「今日のランチ」がクラムチャウダーだったので、さほ子は迷わず、それを注文した。下の子の好物だ。
ふたりが差し向かいで座るテーブルは窓に面しており、冬枯れの山の手の坂道が見渡せた。
冷めたスープの入ったカップを下の子のほうに押しやると、彼はまだ慣れない手つきでスプーンをにぎり、大好きなスープをすすりはじめた。
さほ子はトートバッグからスタイ(よだれかけ)を取り出すと、彼の首にそれをかけてやった。
彼は口のまわりを乳白色のスープだらけにしながら、両手にとってのついたカップから夢中でスープをすすっている。
春先の、真冬とは明らかに違ったやわらかな午後の日差しが、表通りを背にする彼の背中から当たっている。細く、やわらかな彼の髪にその日差しがあたると、明るいブラウンに、その髪は輝く。午後の日差しを背に受けて、彼の輪郭は金色のふちを描いたように、きらきらと見えた。さほ子はしばらくの間、そうして優しい光を受けながらクラムチャウダーをすする息子を、黙って見ていた。
さほ子自身のオーダーは、紅茶だった。
台湾でとれたアッサムティー。澄んだ琥珀色に輝くそのお茶を、サービスで出された3枚のビスケットともに、彼女は飲んでいた。
息子の背中の向こうの坂道は、かわいらしい商店が並んでいる。信号機のある交差点がその手前に見えた。赤信号で止まったクルマは、屋根を開け放ったオープンカーだった。この寒いのに、酔狂な人だ、とさほ子は思った。
すぐにそれが、博人であることに彼女は気づいた。