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愛し愛され
第8章 愛し愛され
驚いた。
あれから一年以上の時間が経っていた。
皮のジャケットに、パーカーをあわせた彼は、やはり普通の勤め人には見えない自由な雰囲気を持っていた。
午後の遮光は、ガラス越しに見える博人の髪も、ブラウンに染めていた。彼は、ひとりだった。
そして、彼は何気なくこちらを向いた。
ステアリングを握る博人は、何というきっかけもなく、誰かの視線を感じた。
そしてその感覚のままに、首をめぐらした。
ガラス張りの小さなカフェの窓辺の席に、さほ子が、いた。
博人もまた、からだが固まるような気持ちを味わった。
さほ子と彼の間には、背中を向けた子どもがひとり。おそらく彼女のふたりいる息子のどちらかだろうと、勤めて冷静を装って彼は思考した。
ふたりとも、一瞬の間、表情を失った。
階段室での抱擁。下着写真の携帯メール。路面電車のホームでのすれ違い。ペチカと蘇州夜曲とシャボン玉。
ふたりのストーリーが、交差した視線の中間で、いくつもフラッシュバックした。
忘れられないいくつもの瞬間と、交わした言葉。