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口琴
第17章 口琴
二人は自転車を降り、川に向かって歩いた。

青々とした草の上に腰を下ろし、黙って川の音を聴く。

「こんなに、綺麗な音だったっけ?…」

「ほんと、素敵な音…」

「…俺のハーモニカと、どっちが"ステキ"?…」

「ん~、川の音かな?ウフフッ…」

「チッ…なんだよ。じゃぁ、もう吹いてやんねぇ」

「え~!うそ!冗談、ね?ハーモニカ吹いて?ね?」

「ん~、どうしょうかなぁ。じゃぁ、『お願いします聖様』って言ったら吹いてやるよ」

「何それ。バッカじゃない?」

「ハハハ!分かったよ。吹いてやるから、歌えよ?」

「うん!」

「その前に、これ…」

「なぁに?」

聖は、ライラックの花の枝を蕾の目の前に差し出す。

「わ、私に?もしかして愛の告白?嬉し…」

頬を染めて両手を出す蕾を透かすように、聖は、花をパッと頭の上に持ち上げ、蕾には渡さなかった。

「えー!いじわる!」

「これは、お前んじゃねぇの」

「え?じゃあ、誰に?」

小首を傾げる蕾を残して、聖は立ち上がり、水際へと歩いた。

蕾も後を追う。

聖は、そっと、ライラックの花を川の波間に預けた。

そして祈るように目を閉じる。

二分…三分…

それから、ゆっくりと目を開ける。

「なぁに?何をしたの?」

「…いつか…お前、この川は、ドナウ川に続いてるって言ってたよな?パパのところに続いてるって…」

「…うん…覚えてる…」

「だから、俺…花を流した。お前のパパに届くように」

「…パパに?」

「ああ…」

「パパに…祈っていたの?」

「まあな」

「…パパに…届くかな…」

「届くさ」

「うん!」

「ハーモニカ吹くぞ!」

「うん!」

優しい音色。

懐かしい旋律。

蕾の透き通る声。

二人の奏でる美しい音楽は、風に乗り、川面を流れ行く。

遠い異国へも届くかのように…。二人の幸せを乗せて…。

「聖君…」

「ん?」

「パパに…何を祈ったの?」

「秘密」

「もう!教えてよっ!」

「アハハッ!」

「ケチ!教えてくれてもっ…!」

唇を尖らせ、ふくれっ面の蕾の言葉を遮ったのは、聖の唇。

………………

蕾は一瞬驚いたが、静かに翡翠を閉じた。

聖は思った。

いつか、もっと大人になったら話してやるよ。

『蕾を…俺の嫁さんにください』って祈ったことを…。


…FIN …
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