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さくらホテル2012号室
第5章 それが本音ですね?
「ですが、公共施設としての面目、というものもあるのです」
「面目とは何ですか?」
「きちんとしたもので、市民の啓蒙に努めたいのです」
「宮部みゆきはきちんとしていないと? 重松清では公共施設にふさわしくないと?」
「そういうことでは…」
「それに、」と先生は言った。「啓蒙という言葉は市民を下に見た物言いです。無知な市民を教え諭す、と捉えられかねません。なるべく啓発と言うべきです」
「そんな言い方。わたしはただ、図書館の品位を保ちたい一心で…」
先生はそこで微笑した。
わたしはその頰笑みに戸惑った。愉快なことを言ったつもりはなかったから。
「それが本音ですね?」
「それがわたしの職責です」
「違うと思います。枠にはまった考え方では、受講者は去ってしまいます。職責の名のもとに、考えることを放棄してはいけません。教室に集う人達の顔を、あなたは見ていないのです。今度から、教室の前で参加してごらんなさい。現代文学をやるときの、参加者のみなさんの顔つきは、とても生き生きしていますよ」
そう言って先生は、目を伏せた。そして、つぶやくように続けた。
「でも、村沢さんは素敵な声をしていますね。授業にも出られたらいいのに。本当に」
先生には、胸の内に秘めた熱がある。
その熱は、滅多なことでは表に出てこない。年齢のせいもあるし、先生自身の持つ性格のせいもある。
けれど折に触れて現れるその熱は、とても熱く、そして鋭い。
その時わたしは、返す言葉もなした。先生と視線を合わせることすら、できなかった。
そしてその熱は、先生と肌を合わせる時にいちばんの高まりを見せるのだった。