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さくらホテル2012号室
第9章 はじめての2012号室

わたしは、ずっと揺れていたのだと思う。
この部屋に来るまで、想いは千々に乱れた。
だが、こうして桜を見ながら先生に肩を抱かれていると、これがいちばん自然なことなのだと、素直に理解できる。不貞を働く罪悪感など、どこにもなかった。静かな高揚感だけが、部屋の中を占めていた。
ただ、吐息をはずませていれば、それで良かった。
わたしは先生に向き直った。
すこし顔を上げて、背の高い先生の目を見つめた。深い透き通った眼差しが、わたしを射すくめた。不意に北の国の厳しさと静けさがその瞳の中にきらめいた。先生の長い孤独と強張(こわば)った心が、真夜中の海峡に走る灯台の光のように、全てを超えてわたしに届いた。
これが正しいことなのだと、自然にわかった。
窓の外の圧倒的な存在感の山桜。
わたしの視線を真正面から受け止めて、全てを受け止めてくれるひと。
わたしは目を閉じた。先生のくちびるが、やがてゆっくりと重なってきた。
このようにして、わたしの夢想は成就した。

