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さくらホテル2012号室
第11章 月のない夜


住宅街の家並みには、少し遅い夕餉(ゆうげ)の香りと、軒先の窓から漏れてくる風呂場ではしゃぐ幼な子の笑い声。


今夜は日帰り出張である、と家人には伝えてある。隣県の司書との研修会だと。
頭の中から、そっと先生を追い出す。
性器にはまだ、先生の形が記憶されているけれど。
わたしがわたしであることを求めていると人たちのために、減圧調整を行い、わたしはわたしに還る。


夜道にかすかに聞こえる幼な子の笑い声に、わたしはちいさな笑みを浮かべる。


帰ってきた、と思う。
半日離れていただけなのに。
ずいぶん遠いところまで行っていた気がする。
半日ぶりの、懐かしい我が家。
半日ぶりの、懐かしいわたし。


月のない夜に、わたしはわたしに「ただいま」を言う。

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