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おんな小早川秀秋
第3章 秀俊修行
しかし、男の手は突然止まる。そして、同時に響く男の悲鳴。あきが閉じた目を開いた瞬間、頬に生暖かい何かが飛び散った。
「――っ!!」
あきを押さえつけていた男が、ずるずると崩れ落ちて床に倒れる。僅かな月明かりに照らされて見えるのは、鮮血の赤。それは倒れた男の背中から、床に広がっていた。
そして今あきの前に立っていたのは、返り血を浴びた美しい男だった。
「……お父様」
感情の色なく男を見下す隆景の手には、血が滴る刀が握られている。あきが頬を拭えば、そこにも同じ赤が付いていた。
「大丈夫ですか、あきさん」
隆景が刀を振れば、滴る血は廊下に飛び散る。懐紙で刀身を拭き鞘へ納めると、あきへ手を伸ばした。
繊細で、温かいと感じていた手。それは、あきの目の前で人を斬り殺した手である。今、心臓が張り裂けそうなのは、温もりのせいではない。全身の血が引いて、口どころか指先一本も動かせなかった。
「ひとまず、安全なところへ行きましょう」
茫然と立ち尽くすあきの腕を、隆景は自ら掴む。罪深い手は、いつもと変わらず温かかった。