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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第110章
帰国したら、ヴァイオリン & ピアノ講師の白砂 今に、レッスンを受ける予定となっているので、練習しなければならない。
ヴァイオリンの4本の弦のチューニングを行い、課題曲を練習していると、しばらくして空気が動く気配がした。
「あれ……? お兄ちゃん」
防音室特有の分厚い扉を押して現れたのは、他ならぬ匠海。
(皆とディナーまで、シャンパン飲み続けるんだと思ってた……)
ちらりと壁際の時計を見ると、まだ15時。
母とクリスが帰宅するのが19時と聞いている。
「いつもならクリスが相手してくれるのに、今日は居なくて、なんか淋しそうに見えてな?」
「あ、うん……、確かに……」
兄のその鋭い指摘に、ヴィヴィは素直に首肯する。
(いつもこういう時は、クリスがヴィヴィと一緒にいてくれるから……)
同い年の兄妹というのは、こういう時に本当に良いなと気付かされる。
受験時期も試験も、学校生活も常に一緒。
酒を飲み始める年齢も。
もちろんそれらに加え、自分達にはスケートという共通項がある。
ヴィヴィの視線の先、生成りのシャツの袖を捲った匠海が、ピアノの前に座り弾き始める。
自身も、ヴァイオリンの練習を再開しようとしたヴィヴィだったが、
「……あ……、それ……」
匠海が即興で弾き始めた曲に、構えていたヴァイオリンを左肩から降ろして振り向いた。
重低音の和音が互いを慰めあう様に重なり合い、哀しく浮かび上がる。
『The point of no return』
双子が滑った『オペラ座の怪人』で使われた中の1曲だった。
捲り上げられたシャツから覗く逞しい腕の先、長い指は器用に音を紡ぎ出し。
長過ぎるとさえ思ってしまう、カーキのパンツに包まれた脚の先は、抑揚を加えるためにピアノのペダルを踏んでいる。
その兄の麗しい弾き姿にうっとりしながらも、ヴィヴィの小さな頭の中には、何度も聞いた『The point of no return』の歌詞が鳴り響いていた。