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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第113章
もはや兄に掛ける言葉は何も無く。
よろよろとした足取りで寝室を出て行く。
互いの部屋の境界線をくぐり抜けた途端、全身にどっと疲労が押し寄せ。
必死に重い脚を運び、何とか白革のソファーの上へと身体を投げ出す。
もう、何が何だか解らなかった。
自分は、
自分は、ただ匠海に幸せになって欲しかった。
ただそれだけの為に、こうしたつもりだったのに。
死ぬ気なんて無かったし、殺す気なんて無かった。
最初から。
ただ、本当に殺してしまって、この世から抹殺してしまいたいものが、ひとつだけあった。
『お前がどんな過ちを犯そうが、俺は結局お前を許してしまう。ヴィクトリア……、お前が何をしようが、“俺の中のお前” は殺せはしないよ』
そう。
ヴィヴィは “それ” を殺してしまいたかった。
ヴィヴィの心からはいなくなってしまった、愛していたかつての匠海。
けれど匠海の中では今でも、かつてのヴィヴィが生き続けていて。
それが兄を苦しませているのだと判ったから、殺してしまいたかった。
何故なら、本当にもうヴィヴィはいないから。
兄の深い愛情に包まれて、
何の不安もなく一心に匠海への愛情を育み与えていたヴィヴィは、もういないから。
そんな過去の亡霊に縋り付き、罪を重ね続けるよりも、
目の前にいる、兄を愛してくれる婚約者とその子供がいる。
その手の届く幸福に、気付いて欲しかっただけなのに。
『今すぐは無理でも、お前は絶対に俺の元へと戻って来る。
お前は俺がいないと駄目だから――。
俺がいないと生きていけない――そういう子に仕立て上げたのだからね』
ぐるぐると頭の中を駆け巡る、匠海の真実の告白。
兄の裏切りを知ってから、その口から発せられる言葉はどれもこれも嘘に思えたし、何もヴィヴィの心に響かなかった。
しかし皮肉な事に、その告白だけは、
明確な真実としてヴィヴィの中にすとんと落ちてきた。
(そう、なのかも知れない……)
虚ろな瞳が暗闇の広がるリビングを彷徨い、
それはやがて、諦めた様に動きを止める。
そしてその空虚な頭の中を占拠するのは、
他でも無い匠海自身が、ピアノで奏でた、その曲――