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影に抱かれて
第16章 善か、悪か
それはリュヌも気になったことだった。
恋人の母にあのようなことをしてしまったとして……気が触れたら黙って病院に入れ、あのように普通の顔をして……良心の呵責は感じないのだろうか?
いや、ジュールに限ってそんな筈はない……もしかすると、深い後悔で毎夜苦しんでいるのかもしれない。
それにしても、母はどうしてこのうような姿になってしまったのだろうか?
生き別れた息子にあんな場面を見られたことが原因なのか、それとも……息子が実の兄と愛し合っているのを知ったから?
その明確な理由は分からなかったが、イネスは以前見た時よりもやせ細っていて、顔色も悪かった。しかし……とても三十代には見えない美しさであることには変わりなかった。
何か小声でブツブツと話しているイネスに、リュヌは恐る恐る近づいて行った。
「か……母さん……何? 何を話しているの?」
あんなにも焦がれていた母親の声だというのに、まるで実感が沸かない。しかし……
「月の光のもと――ピエロさん、ペンを貸して頂戴な――」
イネスがつぶやいていたのは、あの童謡の歌詞だった。