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影に抱かれて
第16章 善か、悪か
音程はめちゃくちゃだ。
しかし、それは間違いなくあの『Au Clair de la Lune~月の光に~』だった。
ジュールもよく歌ってくれていた……
「お前と引き離される前のイネスはいつもこの歌を歌っていた。子守歌としてな。今は何を話し掛けても反応が無いんじゃ。この歌の歌詞を話す以外は、何も……」
リュヌ……リュヌ……と繰り返される母の優しい声。
十四年も前に生き別れたというのに、この人はこうやってずっと自分の影を求めてくれていたのか……
ふと気づくと、リュヌの瞳には涙があふれ出ていた。
「母さんに……何か証言をさせるのですか?」
「いや、無理じゃろう……何も話せんのだ。ただ、お前の出自を証明することはできる……」
要は道具に使うのだ。ジュールを失脚させるための……
母の人生はそんなことの繰り返しではないか。
ジャンがしようとしていることはむごい。そしてジュールのしたことも……
どうしたら……一体、どうしたら。
何も話せないはずの母が、虚ろな瞳のまま耳元でそっと囁いた。
「月の光はうつろうから美しいのですって……フフ……坊やは……どこから来たの?」