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【マスクド彼女・序】
第2章 前日【楽園からの誘い】
 彼は昔から、自分の名前が嫌いだった。

 『真矢』という苗字はともかくとしても、『正直』という名前はとても、嫌。それは子供の頃から今に至るまで、まるで変わらない。

 ふと、子供の頃の友達に言われた言葉が、耳に障る。


『正直(しょうじき)のくせに、嘘つくなよ!』


 別にトラウマとする程の想いはなかった。その言葉にしても、無邪気に発せられたものだと、少なくとも今ならそう思えている。いじめを受けていた、ということでもない。

 だが、それでも。『真矢正直(まや まさなお)』という名が、彼の人生を些か窮屈にしてしまう場面は、度々訪れていたのは確かで。


 嘘を口をする度に、心はズキリと痛んだ。だから嘘をつくことを恐れる。しかし『バカ正直』となれば、それはそれで軋轢の元となることもあった。

 その名を与えた父親に、反感を覚えたこともある。だがそれを口にすれば、子供の戯事。最低な言いがかりに過ぎず。

 そう知ればこそ、ジレンマとなり。東京に来た事情の始まりに、そんな想いが根底になかったと言えば、それも否定できなかった。

 都会に来て、そんな感傷は消えていたと思った。軽薄な男となれば、自然と嘘も口にできた。名前は単に記号であり、そんなものに縛られるのは無意味と悟っている。


 だから、何故かと思う。このように名前を意識したのは、とても久しぶりのことだ。

 すなわち――


『約束ですから……ね』


 彼女のその言葉が、今はとても重く圧し掛かっているように思える。

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