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【マスクド彼女・序】
第3章 一日目【彼女との戒律(ルール)】

「――名前?」


「いや、別に……フルネームじゃなくても。なんて、呼べばいいのか……それを、教えてほしいと思ったんだけど……?」


「……」


 暫く押し黙り、真っ直ぐに見据える。その見えぬ視線に、正直は何故か焦っていた。

 しかし、マスクから露出した唇が微かに動き、彼女はこう告げている。


「私は――唯の唯、です」


「タダノ……ユイ、さん?」


「いいえ……苗字と認めるものなど、ありません。ですから単に、唯(ゆい)――そう呼んでいただければ、結構かと」


「唯……か」


 それが初めて知らされた、彼女の些細な一端であった。

 すると、唯は――


「でしたら、私の方は――正直(しょうじき)さん、とお呼び致したいと存じます」


「あ、いや。俺、正直(まさなお)って――君だって、わかってるだろ?」


 免許証を見た彼女は、昨夜はその指名をきちんと呼称していた筈であるが。


「フフ、いけませんか?」


「別に……構わないけども」


 若干の抵抗感はあれど、特に拒否する理由ではなかった。


 二人の奇妙な関係は、そんな些末な決め事より始まろうとしている。
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