この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
【マスクド彼女・序】
第3章 一日目【彼女との戒律(ルール)】
「えっと……それは、その……」
放たれた矢のような予期せぬ問いに、正直は困惑している。「いない」と答えてしまっても、それは嘘ではないと思えた。
新垣璃子――という名は、未だそれ程に明確な存在には成り得はしないのだから。
だが即座に、その名を思い浮べている時点で、それは言い訳なのかもしれない。そう考えるからこそ、正直は答えに窮していた。
やはり、嘘はつきたくなかった。「正直(しょうじき)さん」――と己のことを呼称する、唯の前では……。
それは正直の胸の中に、自然と打ち込まれていた――楔。自覚はない。されど、ガッチリと喰い込んでいた。
そんな正直の態度をじっと窺うと、唯は――
『先輩、迷ったりなさってはいませんか? メール見ましたら、連絡いただけると助かります』
『時間は遅れても、どうか気になさらずに。それよりも何かあったのではと、少々心配です』
『お忙しいとのことですので、今夜は私も帰りますね』
『何度も、すみません。余計なことかとは存じますが。電話に出られた方は、お知り合いの方なのでしょうか?』
まるで脈絡もなく、それらの短文を言い連ねた。
「それって……まさか?」
無論、それらは唯自身の言葉ではなく。
無感情な棒読みで伝えられていたのは――
「新垣璃子さん、からの――メールです」
ハッとして、正直の顔色が変わった。
いつの間にか唯の右手には、見慣れたスマホが握られている。