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【マスクド彼女・序】
第3章 一日目【彼女との戒律(ルール)】

「えっと……それは、その……」


 放たれた矢のような予期せぬ問いに、正直は困惑している。「いない」と答えてしまっても、それは嘘ではないと思えた。

 新垣璃子――という名は、未だそれ程に明確な存在には成り得はしないのだから。

 だが即座に、その名を思い浮べている時点で、それは言い訳なのかもしれない。そう考えるからこそ、正直は答えに窮していた。

 やはり、嘘はつきたくなかった。「正直(しょうじき)さん」――と己のことを呼称する、唯の前では……。

 それは正直の胸の中に、自然と打ち込まれていた――楔。自覚はない。されど、ガッチリと喰い込んでいた。


 そんな正直の態度をじっと窺うと、唯は――


『先輩、迷ったりなさってはいませんか? メール見ましたら、連絡いただけると助かります』


『時間は遅れても、どうか気になさらずに。それよりも何かあったのではと、少々心配です』


『お忙しいとのことですので、今夜は私も帰りますね』


『何度も、すみません。余計なことかとは存じますが。電話に出られた方は、お知り合いの方なのでしょうか?』


 まるで脈絡もなく、それらの短文を言い連ねた。


「それって……まさか?」


 無論、それらは唯自身の言葉ではなく。

 無感情な棒読みで伝えられていたのは――


「新垣璃子さん、からの――メールです」


 ハッとして、正直の顔色が変わった。

 いつの間にか唯の右手には、見慣れたスマホが握られている。

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