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九尾狐(クミホ)異伝
第1章 忘れ得ぬ人
 その問いに、少年はフと大人びた表情で笑った。
「僕の名前なんて、どうでも良いだろ」
 じゃあね、と、少年はふわりと―どこか可愛らしい顔立ちには似合わない妖しさを漂わせた笑みを残し、風のように走り去っていった。
 少年が片手を上げて身を翻した瞬間、上衣の袖がはらりと捲れ、束の間、右腕に巻いた布がかいま見えた。
「―」
 俊秀は咄嗟に言葉が出なかった。
 恐らく少年は怪我をしているのに相違なかったが、何か俊秀の心に引っかかるものがあった。人間であれば、怪我をすることだってある。ましてや外見に似合わず、腕力と度胸のある子どものことだ、子ども同士の喧嘩だけでなく、大人相手に向かっていって怪我の一つや二つ拵えることは日常茶飯事だろう。
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