この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
歪んだ鏡が割れる時
第1章 第一章
あれから松岡は姿を現さない。店長の白石は、私の態度を気にしてはいたが、返事を急かすわけではなかった。
美波が時々「誕生日と重なるっていうのが困りものですよね」と、自分の事のようにため息をついていた。
私は残りの日数をかぞえながら、夫の出方を待っていた。
────────────
「透子、明後日の金曜日なんだけど、急に出張になったんだ。土曜の午後には帰れると思う」
帰宅早々夫がそう切り出したのは、水曜の深夜だった。
ネクタイを緩めている後ろ姿に「そうなの」と答え、冷えたロールキャベツをレンジに入れて、味噌汁の鍋を火にかけた。
「あ、連絡するの忘れてごめん。夕飯すませてきたんだ」
「なぁんだ」
火を止め、レンジの中からラップをかぶった器を取り出した。
「ねぇ雅人、金曜日は私の誕生日だよ」
嫌みのない言い方を心掛ける。
彼が慌てて振り向いた。
「あっ、そうだった。……ごめん、透子。大事な取引先だから、どうしても担当の俺が行かなきゃダメなんだ。ちゃんと埋め合わせするから」
「ふふっ、いいわよ、大丈夫。私もその日は忙しいから」
「仕事、遅くなるの?」
「そう」
「そうか、よかった」
夫はほっとして、寝室に着替えを取りにいった。
断る理由が欲しかった。
食事の約束ができれば、今日までの気の重さから解放される。淡い期待も手放し、それで全てが解決する筈だった。
それなのに……。
──そうか、よかった
美波が時々「誕生日と重なるっていうのが困りものですよね」と、自分の事のようにため息をついていた。
私は残りの日数をかぞえながら、夫の出方を待っていた。
────────────
「透子、明後日の金曜日なんだけど、急に出張になったんだ。土曜の午後には帰れると思う」
帰宅早々夫がそう切り出したのは、水曜の深夜だった。
ネクタイを緩めている後ろ姿に「そうなの」と答え、冷えたロールキャベツをレンジに入れて、味噌汁の鍋を火にかけた。
「あ、連絡するの忘れてごめん。夕飯すませてきたんだ」
「なぁんだ」
火を止め、レンジの中からラップをかぶった器を取り出した。
「ねぇ雅人、金曜日は私の誕生日だよ」
嫌みのない言い方を心掛ける。
彼が慌てて振り向いた。
「あっ、そうだった。……ごめん、透子。大事な取引先だから、どうしても担当の俺が行かなきゃダメなんだ。ちゃんと埋め合わせするから」
「ふふっ、いいわよ、大丈夫。私もその日は忙しいから」
「仕事、遅くなるの?」
「そう」
「そうか、よかった」
夫はほっとして、寝室に着替えを取りにいった。
断る理由が欲しかった。
食事の約束ができれば、今日までの気の重さから解放される。淡い期待も手放し、それで全てが解決する筈だった。
それなのに……。
──そうか、よかった