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歪んだ鏡が割れる時
第1章 第一章
あれから松岡は姿を現さない。店長の白石は、私の態度を気にしてはいたが、返事を急かすわけではなかった。

美波が時々「誕生日と重なるっていうのが困りものですよね」と、自分の事のようにため息をついていた。

私は残りの日数をかぞえながら、夫の出方を待っていた。






────────────

「透子、明後日の金曜日なんだけど、急に出張になったんだ。土曜の午後には帰れると思う」

帰宅早々夫がそう切り出したのは、水曜の深夜だった。

ネクタイを緩めている後ろ姿に「そうなの」と答え、冷えたロールキャベツをレンジに入れて、味噌汁の鍋を火にかけた。

「あ、連絡するの忘れてごめん。夕飯すませてきたんだ」

「なぁんだ」

火を止め、レンジの中からラップをかぶった器を取り出した。

「ねぇ雅人、金曜日は私の誕生日だよ」

嫌みのない言い方を心掛ける。

彼が慌てて振り向いた。

「あっ、そうだった。……ごめん、透子。大事な取引先だから、どうしても担当の俺が行かなきゃダメなんだ。ちゃんと埋め合わせするから」

「ふふっ、いいわよ、大丈夫。私もその日は忙しいから」

「仕事、遅くなるの?」

「そう」

「そうか、よかった」

夫はほっとして、寝室に着替えを取りにいった。

断る理由が欲しかった。
食事の約束ができれば、今日までの気の重さから解放される。淡い期待も手放し、それで全てが解決する筈だった。

それなのに……。

──そうか、よかった



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