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歪んだ鏡が割れる時
第1章 第一章
「困ります、お客様にこんな……」
「立てるかな?」
私の言葉に耳を貸そうとしない松岡は、軽く膝をはらって立ち上がり、手を差し出した。
「行こうか」
彼の手の温かさで、自分の手の冷たさがわかる。足首で光る宝石が、重い足枷に思えてくる。
足枷……。
ならば奴隷の所有者はこの男?
私はふらつき、彼の腕を掴んだ。
「大丈夫か、透子」
私はまじまじとその男を見上げた。
「なぜ私の名前を」
「デートする女性の名前ぐらい、知っておくのは当然だからね」
白石の顔が浮かんだ。
「私は松岡様のお名前を知りません」
「浩之だ」
「松岡、浩之様」
「ふふ、いつまで"様"を付けて呼ぶつもりかな?今は客ではないよ」
見下ろす視線に色を感じても、気付かないふりをした。
「いいえ、お客様です」
「まあとにかく、腕ぐらいは組んでくれないか。コンサートホールはすぐそこだよ」
彼は私の右手を取って、自分の腕に絡ませる。そして、私のその手を軽く握った。
温かく、厚みのある大きな手だった。
動揺を隠し、彼に従って外に出ると、まだ低い位置にある丸く赤い月が、不気味な色を灯していた。
思わず立ち止まり、手に力が入る。
「ん、どうした」
「いえ、なんでもありません」
彼はまた、私の手に大きな手を被せた。
私は月を見ないように目を伏せ、彼の腕を頼りに俯いて歩いた。
梅雨の晴れ間に見た、赤い月だった。
「立てるかな?」
私の言葉に耳を貸そうとしない松岡は、軽く膝をはらって立ち上がり、手を差し出した。
「行こうか」
彼の手の温かさで、自分の手の冷たさがわかる。足首で光る宝石が、重い足枷に思えてくる。
足枷……。
ならば奴隷の所有者はこの男?
私はふらつき、彼の腕を掴んだ。
「大丈夫か、透子」
私はまじまじとその男を見上げた。
「なぜ私の名前を」
「デートする女性の名前ぐらい、知っておくのは当然だからね」
白石の顔が浮かんだ。
「私は松岡様のお名前を知りません」
「浩之だ」
「松岡、浩之様」
「ふふ、いつまで"様"を付けて呼ぶつもりかな?今は客ではないよ」
見下ろす視線に色を感じても、気付かないふりをした。
「いいえ、お客様です」
「まあとにかく、腕ぐらいは組んでくれないか。コンサートホールはすぐそこだよ」
彼は私の右手を取って、自分の腕に絡ませる。そして、私のその手を軽く握った。
温かく、厚みのある大きな手だった。
動揺を隠し、彼に従って外に出ると、まだ低い位置にある丸く赤い月が、不気味な色を灯していた。
思わず立ち止まり、手に力が入る。
「ん、どうした」
「いえ、なんでもありません」
彼はまた、私の手に大きな手を被せた。
私は月を見ないように目を伏せ、彼の腕を頼りに俯いて歩いた。
梅雨の晴れ間に見た、赤い月だった。