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歪んだ鏡が割れる時
第1章 第一章
"フィガロの結婚 序曲"で華やかに始まったコンサートは、ピアニストの腕が試される、ラフマニノフの"ピアノ協奏曲第2番"へと趣きを変えた。

私達は五千人の観客を詰め込んだ大ホールの一階席、中列の中程に陣取っていた。

荘厳な調べから始まった演奏は、瞬く間に聴衆の心を捉えた。
ピアノと管弦楽の織り成すメロディは、ある時は会話のように、ある時は競うように聴こえ、観客を飽きさせない。

偶然乗り合わせた船の乗客達は運命共同体となり、真っ暗な海へ、待ち構える激しい嵐の中へと突き進んでいく。

そこ此処にあるしがらみや妬み、欲など、全てを一掃して寄せ付けない力。誰もが現実を忘れ、圧倒的な芸術の響きに言葉を失くし、胸を打たれる。

長い年月を経て尚生き続ける傑作を前に、深い感謝の気持ちが湧いてくるのは私だけではない筈だ。

ラストに近付いて更に心は揺さぶられ、大迫力の全合奏で幕を下ろした時、人々は立ち上がり、歓声と拍手の祝福を浴びせた。

私も同じだった。
そうせずにはいられなかった。

涙が頬を伝う。それを指先で拭い肩越しに松岡を見上げると、彼は拍手を送りながら目を細めて私を見ていた。

「かわいい透子、君が愛しいよ」

「っ……」

その声は、拍手と歓声を一瞬でかき消した。
観客はいなくなり、私と彼の二人だけが、会場にいるような錯覚に陥った。

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