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歪んだ鏡が割れる時
第5章 第五章
少女はひとり頷き、一歩前に出てマイクに口を近づけた。

「私は、松岡悠希です。今日は父にお祝いを言いたくてここに来ました」

少し緊張気味ではあったが、年齢のわりに落ち着いた、はっきりとした話し方だった。

「お父様、副社長へのご昇進、おめでとうございます。しばらく会っていなかったので、今日はびっくりさせたかったの、黙っていてごめんなさい」

静かな笑い声が、彼女を優しく後押しした。

「7才の時に母を亡くしてから、父は、私に寂しい思いをさせないように、必死に頑張ってくれました。授業参観も、運動会も、お仕事で遅れることもありましたが、必ず来てくれるので、私は祖母と二人、父を信じて待っていることが出来ました」

松岡は妻と死別し、再婚していた。
私は今日初めて、彼の人生に触れた。

彼の視線は娘を捉えたまま、こちらに向くことはない。

鼻をすする音が聴こえる中、私は、妻を亡くし、幼い娘と途方にくれたであろう彼の過去に思いを巡らせた。

「綾香さん、12歳の娘がいる父の所に来てくれて、ありがとうございます。"社長のおじちゃん"、と呼んでいた人が、義理の祖父になったのは、とても不思議でした。ありがとうございます」

宮藤社長が、目を細めて彼女を見つめている。実の孫を見守っているような眼差しだった。

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