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歪んだ鏡が割れる時
第5章 第五章
「悠希、待ちなさい!」

顔を上げた私の目に、少女が駆け寄って来るのが見えた。
驚きと切なさの混ざった、おかしな表情と目が合った。
人の道が出来た。

何? 
まさか、何か気付いているの?
まさか、父親と私の関係を……。

……終わる……何もかも終わる……。

彼女が立ち止まり、私に何か言おうと唇を動かした時、

「悠希、その人は違うっ」

父親に肩を掴まれた少女ははっとして、「ご、ごめんなさい」と言って後ずさりした。手を引かれて戻っていく彼女の足元に、光るものがあった。

「っ……」

なぜ、あのアンクレットがそこに……。
あれは私の足枷。今朝たしかに、このバッグに入れた筈。

彼が特別に作り直した、この世に一つしかない物がなぜ──。

「ねぇあなた、大丈夫?」

和服を着た女性が横に来て屈み、呆然とする私の背中に触れた。

「辛い時にごめんなさい。あの、……悠希ちゃんね、きっと、亡くなったお母様とあなたを間違えたのね。……あなたを見てみんなが驚いたわ。良く似てるの、……まだ若くてね、とても綺麗な人だった。夫婦仲も良くて、いつも家族一緒でね」

「……えっ……」

私……似ている……?
似ている?

止まっていたひび割れが、ピシリと音を立てて放射線状に広がった。
そこに私を映し出し、粉々に砕け散った。

「水沢君、君も帰りたまえ、後日、追って沙汰する」

社長の声が遠くで聞こえた。

立ち上がれない。
涙も出ない。

ただ、惨めだった。夫も私も、惨めだった。

あの可憐な少女が、全てを白日の下に晒し、愛する者を守った。
今は亡き、母親を。

彼は私を愛してくれた。
愛してやまない妻の代わりに。

妻の代わりに、私の身体を……。

真実は、そこにあった。

淫らに愛し合った鏡の中に──。






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