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歪んだ鏡が割れる時
第5章 第五章
食欲がなくても、何かを口に入れなければ明日の仕事にひびく。湯を注ぐだけのスープをすすり、食パンをかじる。

「……」

雅人のいない食卓には慣れている筈なのに、食器を洗う彼の背中や、「お腹空いたー」と言って椅子にどっかと腰かける姿を思い出す。

ドアのチャイムが鳴った。

雅人なら鍵を持っている筈だ。
重い身体で立ち上がり、私はインターホンの受話器を取った。

「どちらさまですか?」

「……俺」

雅人……。

「どうしたの?」

「行くとこなくて……」

「そうじゃなくて、鍵は?」

「……持ってる」

「……、待ってて」

覇気のない声が、ささくれた私の気持ちを少し沈めた。
鍵を開け、ドアを押した。

「……入ってもいい?」

叱られた子供の目で私の許可を待つ雅人。

「スープ飲む?」

「飲みたいな」

ほっとした顔で力なく笑う。

「寒かったでしょ」

「うん」

コートも脱がずに椅子に掛けた彼は、辺りを見回しため息をついた。
電気ポットのお湯が沸くまでの数分間、私はマグカップにスープの粉を入れ、パンをトースターに入れた。

彼は私の動きを目で追い、振り向くとそっと目を逸らせる。

胸が痛かった。
責める資格が私にあるだろうか。夫の目を盗み、松岡の元へ走った私に。
夫の出張を待ちわび、寸暇を惜しんで愛欲に耽った私に……。





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