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歪んだ鏡が割れる時
第1章 第一章
「君はお堅く見えるよ」

「……そうでしょうか」

「うむ、いつも徹底して仕事に専念してる、隙なくね」

「それは褒め言葉ですか?」

目を細めた松岡は肩を寄せ、唇を耳に近づけた。

「魅力的だよ透子、誰よりもね」

「……」

「今日の君も、いつもの君も」

冷ややかな視線が、私の奥底を見定めようと光っていた。

気付かぬふりで、動き始めたステージに視線を移す。

「透子」

再び静寂が訪れた。

「君は私のものだよ、いいね」

彼はどこにも触れていなかった。

「返事は?」

なのに身動き出来ない。

「透子」

やっとの思いで、私は首を横に振って答えた。

「うむ、残念だな」

身体が脈打っていた。頬が火照り、締め付けられるように胸が苦しい。指先が震え、両手を握っていなければならなかった。

ステージに指揮者が入ってきた。

震える私の手に、松岡の手が乗せられた。

「っ……」

「私はそんなに怖いかな」

「えぇ、あなたは怖い」

「それはどうだろう」

「え?」

「怖いのは自分じゃないのか、ん?」

指揮者の腕が上がった。

もの悲しい旋律が会場を包み込む。
でも私はもう、その船に乗り込んではいなかった。

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