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歪んだ鏡が割れる時
第7章 最終章
「俺、ここに来てから思った事があるんだ」

「え?」

「こうして築いてきたものがあったって気付けば、俺達はまた、やっていけるんじゃないかなって。……甘いかもしれないけど」

「築いてきたもの?」

「さっきも言ったけど……、結婚してから、どうにかこうにか形にしてきた俺達の団らん」

「雅人……」

前の彼からは、想像できない言葉だった。

「あって当然の事だと思ってたけど、今はその大切さがわかる。そして、透子以外の相手をそこに想像することは出来ない。俺は、上ばかり目指して、隣にいる透子を、見てなかったんだ」

「雅人……」

「近くにいる人を大事にしたい」

彼の言葉が心に響いた。
これまで何を話しても、上滑りしてるように感じた彼の言葉が、今は温もりを伴って胸に染み透る。

近くにいる人を、誰もが大切にしていたなら。

あの家族も、私達も……。

「ごめんなさい私、私も、私も、間違ってた。自分の事ばかりで……。本当に、ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい……」

手をついて、頭を下げ続けた。

「やめてくれよ、謝るのは俺だろ? 来てくれてありがとう透子、俺が昨日からどんなにうきうきしてたか知らないだろ、ははっ。おっ、このさばも最高っ、一気に太りそうだ、あははっ」

雅人が明るく笑う度に、涙が零れた。涙が零れる度に、気持ちが落ち着いていった。そして、夫に近づいていった。

松岡に団らんを求めた事はない。
堕ちていく幸せはばかりに酔った。

救いのない場所に、安らぎを求めた。

それで良かった。
あの時は……。





駅に向かうタクシーの中で、私達は無言で手を繋いだ。
ぎゅっと力を入れると、優しく握り返してくれる。そして見つめ合い、微笑む。

「また来てくれる?」

「ええ」

「じつは俺、ゴールデンウィークは休みなんだ」

「あ、そうだよね」

「俺……どう、しようか、な……」

窓ガラスと会話する雅人。

「……うちに帰っておいでよ」

「うん、そうするっ」

ふたつ返事で振り向り向いた雅人の手に、力がこもった。
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