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歪んだ鏡が割れる時
第7章 最終章
「まあ、なんだかお顔が明るく感じるのはそのせいなんですね」

何度か頷いた紗江は、続けて自分の事情を語りだした。

「じつは、母が亡くなりまして、金沢にはもう誰ひとり身寄りがないもので、東京で一から出直しなんです」

「まぁ」

金沢という地名に聞き覚えがあった。

「昔からの常連さんに良くして頂いて、小料理屋のおかみとして雇って頂くことになったんです」

その常連というのは、松岡だろうか。

「そうだったんですか。紗江さんがおかみさんなら、繁盛しそうですね」

「さあ、どうでしょう。でも、ありがたいことです、ほんとに」

しばらく沈黙が続いた。
そして、口火を切ったのは紗江だった。

「その後、あの方はお見えになりますか? 水沢さんのお店に」

「え?」

「浩之さん」

「あぁ、松岡様ですね。いいえ、あれからお目にかかっていません」

紗江は残念そうに「そうですか」と俯いた。

「先ほどの常連さん、保坂さんとおっしゃるんですけどね。その方のお話では、浩之さんは、その、離婚なさったらしいんです。立派なお宅は広すぎるからと売却なさって、マンションを購入したそうで……」

「離婚して……お宅を……」

あの少女と継母の姿が蘇ってくる。
松岡は、亡き妻と、娘との大切な思い出を売った。

「ええ……娘さんも海外留学なさったとお聞きしました。あの方、ひとりでお寂しいんじゃないでしょうか」

「そのうちきっと、紗江さんのお店にいらっしゃいますね」

「えぇ、そうしてくださると嬉しいです」

その表情が、彼女が今でも松岡を慕っている証だった。窓に映った紗江の横顔は、待ち続けた幸せに向かって、駆け出す童女のように輝いている。


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