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歪んだ鏡が割れる時
第1章 第一章
「なにが?」

「この、アンクレット」

エレベーターホールで立ち止まった。

「うむ、そうだ」

「……」

「知り合いに協力してもらってね」

「なぜそんな手の込んだ事を」

開いたドアから数人が降り、入れ替わりに乗ったのは私達だけだった。

「今日のチケットは?……松岡様、奥様が来られなくなったというのは──」

最上階のボタンを押した松岡は、階数表示ランプの動きを見守っていた。

「君を手に入れる為ならなんでもするさ」

彼は、"何か問題でも?"とでも言いたげに私を見下ろした。

「なぜ私なんです、私でなくても松岡様の周りにはたくさん……」

「君でなければ意味がない。さあ、着いたよ」

軽く背中を押されてエレベーターを出ると、通路の一番奥に"BAR mirage"の看板が見えた。

英国調に設えられた店内は、ランプの暖かな明かりが壁に沿って灯され、落ち着いた空間を演出していた。

カウンターのバーテンダーに相槌を打ち、奥へと進んだ松岡が選んだのは、窓際の席だった。

「やっと落ち着ける。さあ、掛けて」

小さなテーブルを挟んで向かい合う。

──君を手に入れられるならなんでもするさ

心に渦巻いていた困惑のもやが、いつしか陽炎の妖しい揺らめきへと姿を変えた。

地位も金も手にしている男が、なぜ私を──。

戸惑いの中に、不純な優越感が芽生えた。



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