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歪んだ鏡が割れる時
第1章 第一章
「いえ、私、そろそろ帰らないと夫が……」

「誕生日の夜に君はこんな場所にいる。ご主人は出張か何かで不在だと思うがね」

「……」

カランとグラスが鳴った。

「うむ、二の足を踏んでいるのか。ではこういうのはどうだろう」

ウイスキーを飲み干して一息ついた彼は、テーブル越しに身を乗り出した。

「水沢透子の接客態度が無礼極まりない、私の知り合いも含め、もう二度とそちらを利用しない。と、銀座の本店にクレームを入れる」

「っ、そんな……」

彼は楽しんでいた。私だけでなく、白石にもペナルティがついてしまう事をわかって言っているのだ。

「断れない理由ができたよ透子、さあ、行こうか」

席を立った松岡が、会計でペンを走らせている。

慌てて立ち上がった拍子にぐらりと床が傾き、酔いが回っている事に気付いた。

ふらつきを悟られないように彼に近づいていく。

「おいで」

バーを出ると、腰に回った松岡の手が私を支え、誘導した。

エレベーターに乗り、すぐ下の階で降りた。客席のドアをいくつか通り過ぎた時、ようやく目の前の現実が見えてきた。

「あ、あの、ちょっと待ってください」

「着いたよ、ここだ」

カードキーが反応して鍵が開いた。ドアを押し開けた松岡は、立ち止まった私に近寄り、低く囁いた。

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