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歪んだ鏡が割れる時
第1章 第一章
「透子、たいした事じゃない。心配ないよ、全て上手くいく」

彼は後退る私の背中を抱き寄せ、易々と部屋に招き入れた。

明かりが灯され、手から離されたバッグが窓際のソファに持っていかれる。

「来てごらん、さっきと違う景色が見える」

カーテンを開いて外を眺めた松岡は、上着を脱ぎ、ネクタイを緩めている。

私はドア近くの壁に寄りかかったまま、一歩も動けずにいた。

「……」

チケットを渡された時から、気付いていた筈だ。連絡を取ったあの時にも、わかっていた筈だ。こうなるかも知れないと。
そして、どこかでそれを期待してもいた。

変化はいらないと思っていたのに、なぜ私はここにいるのだろう。なぜ夫を裏切るのだろう。

雅人……。

俯いた視線の先に、足枷が光っていた。

──君は私のものだよ

逃れる術があっただろうか。

松岡が目の前に立った。

「私の名前は?」

「松岡、浩之様」

「違う」

「……浩之さん」

「いい子だ」

声だけでこんなに痺れてしまうのに。

頬に手が触れた。

足も、肩も背中も、触れられた場所がずっと熱いままなのに──。

いったいどうすれば、この男から逃れられただろう。

どうすれば私は……。

「透子、愛し合おう」

何かを諦め、何かを覚悟した。



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