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歪んだ鏡が割れる時
第1章 第一章
土曜の電車内は、いつもの混雑とは違う、穏やかな空気が漂っている。

親子連れや老夫婦、くつろいだ様子の乗客達に混じって、このままここで揺られていたいと願っていたのは、私だけかもしれない。

「よかったよ透子。これからも良い関係でいられそうだ」

深夜、部屋を出る私に松岡は言った。

「心配ない、私に任せておきなさい」

その余裕はいったいどこからくるのか。
彼にとっては慣れた事なのかもしれない。
たとえそうでも、お互い家庭のある身で、こんな事を続けていられるわけがない。

いずれ縫い目がほつれて穴があき、そこをこじ開けられて全てが明るみになる。

もしそうなったら……。

私は、らしくない自分の行動に怯え、昨夜の事は夢で、今朝はいつもと変わらない朝なのだと思いたかった。

「っ……」

車窓に映った裸の女が、夕べの姿で微笑んだ。なかった事にはできないと。

改札を出て、人混みの中から職場を見上げた。どんよりとした空の下に、賑やかな垂れ幕が2本下がってひと際目立つ。

白石は既に出勤している筈だ。
勘の良い上司を前に、平然としていられるだろうか。昨日の事を訊かれたら、上手く答えられるだろうか。

朝からこんな気分では今日一日が思いやられる。

私は頭の中で書いた台本をめくり、百貨店の通用口を右に折れた。



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