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歪んだ鏡が割れる時
第1章 第一章
「ネックレスならどれがおすすめかな?」

いつもの落ち着いた口調だった。

「奥様にプレゼントですか?」

ガラスケースを覗いていた松岡が顔を上げた。

「いや、君に」

「っ……」

見つめ合う時間の長さが親密さを表すなら、この一瞬の空白は、戸惑いを揉み消す時間だろうか。

彼の冷めた眼差しは、私から冷静さを奪ってしまいそうだった。

「あら、松岡様、わざわざ私の売上げに貢献してくださるんですか?」

そして彼は、薄い唇を少し開く。

「いや、君自身に貢献したくてね」

唇の端が僅かに上がった。

何か言わなければ……。
今この状況に相応しい、気の効いた言葉を。

「あの、松岡様。私、結婚してるんです」

「ふ、あっははは!」

強面を通していた男の笑い声に、振り向いた皆の視線は驚きに満ちている。

「そ、そんな事はとっくにわかってるさ」

「は、はぁ」

さも可笑しそうに破顔する彼と一緒に笑えないのは、鋭い視線の奥底に見える、湿った思惑のせいだ。

「うむ、まあいい。今日は君の慌てたところが見られてよかったよ。そうだな……、この真珠のピアスを貰おうか」

「は、はい、かしこまりました」

私は商品の説明もアドバイスも忘れ、震える指でショーケースの鍵を開けた。



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