この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
歪んだ鏡が割れる時
第1章 第一章
「ネックレスならどれがおすすめかな?」
いつもの落ち着いた口調だった。
「奥様にプレゼントですか?」
ガラスケースを覗いていた松岡が顔を上げた。
「いや、君に」
「っ……」
見つめ合う時間の長さが親密さを表すなら、この一瞬の空白は、戸惑いを揉み消す時間だろうか。
彼の冷めた眼差しは、私から冷静さを奪ってしまいそうだった。
「あら、松岡様、わざわざ私の売上げに貢献してくださるんですか?」
そして彼は、薄い唇を少し開く。
「いや、君自身に貢献したくてね」
唇の端が僅かに上がった。
何か言わなければ……。
今この状況に相応しい、気の効いた言葉を。
「あの、松岡様。私、結婚してるんです」
「ふ、あっははは!」
強面を通していた男の笑い声に、振り向いた皆の視線は驚きに満ちている。
「そ、そんな事はとっくにわかってるさ」
「は、はぁ」
さも可笑しそうに破顔する彼と一緒に笑えないのは、鋭い視線の奥底に見える、湿った思惑のせいだ。
「うむ、まあいい。今日は君の慌てたところが見られてよかったよ。そうだな……、この真珠のピアスを貰おうか」
「は、はい、かしこまりました」
私は商品の説明もアドバイスも忘れ、震える指でショーケースの鍵を開けた。
いつもの落ち着いた口調だった。
「奥様にプレゼントですか?」
ガラスケースを覗いていた松岡が顔を上げた。
「いや、君に」
「っ……」
見つめ合う時間の長さが親密さを表すなら、この一瞬の空白は、戸惑いを揉み消す時間だろうか。
彼の冷めた眼差しは、私から冷静さを奪ってしまいそうだった。
「あら、松岡様、わざわざ私の売上げに貢献してくださるんですか?」
そして彼は、薄い唇を少し開く。
「いや、君自身に貢献したくてね」
唇の端が僅かに上がった。
何か言わなければ……。
今この状況に相応しい、気の効いた言葉を。
「あの、松岡様。私、結婚してるんです」
「ふ、あっははは!」
強面を通していた男の笑い声に、振り向いた皆の視線は驚きに満ちている。
「そ、そんな事はとっくにわかってるさ」
「は、はぁ」
さも可笑しそうに破顔する彼と一緒に笑えないのは、鋭い視線の奥底に見える、湿った思惑のせいだ。
「うむ、まあいい。今日は君の慌てたところが見られてよかったよ。そうだな……、この真珠のピアスを貰おうか」
「は、はい、かしこまりました」
私は商品の説明もアドバイスも忘れ、震える指でショーケースの鍵を開けた。