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歪んだ鏡が割れる時
第1章 第一章
「一応渡しておくよ。無理ならいいんだ、たまには一人で楽しむのも悪くないからね」

「そうそう、水沢は確か、その日お休みなんですよ。ですからご一緒出来ると思います。羨ましいわ、仕事がなければ私も行きたかったんですけれど」

白石は張り切って嘘をついていた。そして、松岡がメモした連絡先もチケットも、受け取ったのは彼女だった。

「また来るよ」

いつもの台詞に含まれた、謎めいた視線と声色が、見えない壁際へと私を後ずさりさせる。遠退いている筈の男の背中が、更に私を追い詰めた。

「店長、無理ですよ。私、その日は誕生日なんです。いつも彼と食事に出掛けるんですから」

チケットの日付は10日後だった。

「あら、旦那様はもうレストランの予約を?」

「いえ…」

予約して出掛けた事など、結婚以来一度もない。それどころか最近は、家での夕食さえ、共にできない事が増えた。

「なんとかお願い。ほら、この前ブレスレットをすぐ加工に出されたお客様覚えてる?あの方、松岡様のご紹介だったのよ」

「え?」

「あなたも分かるでしょ。あの方のお陰で、このところお得意様が増えたわ。だからお願いします。今回だけ、ね?」

「じゃあ、さっきの女性達も、誰かにここを紹介してくれるかも知れませんね」

美波が声を弾ませた。


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