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歪んだ鏡が割れる時
第3章 第三章
いつしか頬を赤らめる事もなくなっていた事に、今気付いた。

型通りの安心感と慣れが、熱いときめきを、惰性や義務感に変えていったのかもしれない。

「ほったらかしてばかりでごめんね、透子」

「忙し過ぎるんだもの、仕方ないわよ」

「まあね、上司のご機嫌を伺ってばかりいるのも疲れるよ」

私の髪を撫で、耳元でそう囁く。

「ふふっ、大変ね。いつもお疲れ様」

「俺達の将来の為さ」

引き締まった筋肉質の身体が、私を優しく抱き寄せる。肩に、首に、温かな息を這わせ、手のひらで寄せた乳房に柔らかな唇がたどり着く。

夫の髪に指を通して頭を撫で、懐かしささえ感じる彼の匂いに目を閉じた。

きっと夢だったのだ。あの日の出来事はすべて。

──透子、もう私でなければダメだろう、ん?

その声が、毎晩私を苦しめていた。

その通りかも知れないと怯え、熱くなってしまう自分を持て余した。
先に寝入ってしまう夫にほっと胸を撫で下ろす反面、抱きしめて欲しいと願う事もあった。

忘れさせて欲しい。

今肌を撫でる手は、間違いなく雅人のもので、静かな安らぎを覚える。罪悪感に苛まれるわけでもなく、ただ、旅から戻って来たような、微かな寂しさを感じた。

もう終わった、忘れられる。
これでいい。
これが私なのだ。



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