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歪んだ鏡が割れる時
第3章 第三章
「きっと、お忙しいんですよ」

白石にそう答え、私はブレスレットを購入した客の為に、プレゼント用のリボンをかけた。

「お待たせしました」

「どうも」

スーツを着た若い男性だった。恋人か愛妻へ渡すのだろう。ピアスにしようかと散々迷ったあげく、美波のつけているブレスレットをじっと見て、決断したようだった。 

話しかけられるのが嫌いな客は多い。彼もその一人だ。

宝石と値段を見比べて、真剣に考え込んでいる時など、アドバイスのつもりで声を掛けたとたんに帰ってしまうこともある。

張りきって彼に近づいていく美波を、白石が止めていた。

大事そうに持ち歩く後姿が微笑ましく、受け取った女性の笑顔を想像する。
誕生日だろうか、二人の記念日だろうか。

埋め合わせをすると言っていた夫の言葉は宙に浮いたままだ。彼は、私への一輪の花さえ思い浮かばないのだろうか。

去っていく男性客の向こうに、松岡の姿を探していた。

このまま来ないで欲しかった。

閉店時間が近づくことが怖くてたまらず、閉店するとたまらなく寂しい。二ヶ月近く経って尚、繰り返すこの虚しさを知っているのは、足元に隠したアンクレットだけ。

私はこの足枷を処分できず、しまっておくこともせず、家以外の場所で身につけて過ごした。

あの日からずっと……。


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