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歪んだ鏡が割れる時
第3章 第三章
「ありがとうございます。申し訳ありません。お先に失礼します」

「お大事にね、お疲れ様でした」

「お疲れ様でしたー」

そう、後悔しないように、いつでも冷静に──。


なぜ私は今、エレベーターに向かって走っているのだろう。

仕事着のまま、紙袋に着替えを詰め込んで。
下りていく箱の中で、移動するランプの数字を、今か今かと必死に追って。

何に向かっているのかを、考えもせず──。


閉店を迎えたデパートの駐車場で、その車を見つけるのは容易い事だった。

パッシングした黒い高級車に駆け寄り、立ち尽くした。

降りてきた彼が、助手席のドアを開ける。

「透子、なぜ来たんだ」

「……」

「透子」

「……わかりません」

なぜ来たのか。
なぜ走り出したのか。

「わかりません、来てしまったんです」

背中を押され、車に乗り込んだ。

運転席に着いた彼の視線を受け止めきれずに、泣きそうになって俯いていた。

「透子」

「……はい」

「私にどうしてほしい」

それを知りたいのは私だった。

「言ってくれ」

「……、見ないでください」

何を言っているのだろう。

「ん?」

「ほ、他の女の人を見ないで」

きっと頭がおかしくなったのだ。

「……見てない」

「じゃあ、あの方は誰なんです。楽しそうに見つめ合っていたじゃないですか。あの女性、紗江さんはあなたを愛していて、あなたを名前で呼んで、最後の夜を、あなたと過ごす事を、頬を赤くしながら私に話してくれたんです」


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