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歪んだ鏡が割れる時
第1章 第一章
早口で捲し立てる美波に、白石は「あらあら」と呆れ返り、チケットと連絡先を私に手渡した。

「どうしても無理なら、私からお断りしてもいいわ。でも、これからもウチを贔屓にして頂きたいお客様なの」

「はあ……」

コンサートには行きたかった。学生の頃は、よく母と二人で出掛けたものだ。

静まりかえったホールで、指揮者の腕が動き出す一瞬の緊張感、生ならではの臨場感。それは私の胸を高鳴らせ、別世界へと誘った。

私はチケットとメモを封筒に入れ、再び控室に入ってバッグにしまった。

夫は、私の誕生日を祝ってくれるだろうか。そう言えば、去年は前の日に思い出してくれた。

結婚して4年。野心家の彼は、何より仕事を優先する人だった。

「透子、早くこの賃貸マンションから出て、新築の広い一軒家を建てよう。車も外車がいいよね。子供はそれからだ」

そして今、課長に昇進しそうだと、より仕事に打ち込むようになった。

31才で課長になるのが早いのか遅いのか、私にはわからない。
彼を見ていると、手に入れたがっている家も車も、世間から認められたいが為の体裁のように思える。

広い家で一人、帰宅の遅い夫を待つぐらいなら、2LDKの、今の暮らしのままでいい。

夫は、三十路を迎える私の誕生日を、覚えているのだろうか。

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