この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
歪んだ鏡が割れる時
第3章 第三章
「紗江というのは源氏名だよ。もちろん本名も知っているがね、私はずっと源氏名で呼んでる、客の一人としてね」
怒りが力を失っていく。
「今日は最後の夜で、その……この後の事は、あなたにお任せしていますってあの方が……」
「今夜はこれから、彼女の店で常連客だけの送別会だよ。私はこの通り、辞退したけどね」
「それじゃあ……あの方、私に嘘を」
どうして……。
「紗江さんと何かあったのか?」
「えっ?」
「私に振り向いてくれなかった訳がやっと分かりました、とかなんとか言っていたけど」
「いえ、何も……」
何もなかった。でもあの人は気付いた。なぜ気付いたのだろう。
私は狼狽していただろうか。そんな筈はない。
愛する人の周りに蔓延る女を、嗅ぎ分ける本能なのかもしれない。
そして、彼女は私に嫉妬した。彼を想ってきた月日を回想し、せめてもの気慰みに、思わせぶりな嘘を突きつけて──。
立ち並ぶビルの谷間を、列をなしたテールランプがゆっくりと進む。渋滞に巻き込まれた私達は、行くあてもなく、ただ前を見ていた。
「透子」
「はい」
「会いたかった」
「……はい」
「ちゃんと顔を見せてくれないか」
あんなに取り乱してしまった事が今になって恥ずかしくなり、目を合わせる事ができなかった。
「ごめんなさい私……」
「いいから」
怒りが力を失っていく。
「今日は最後の夜で、その……この後の事は、あなたにお任せしていますってあの方が……」
「今夜はこれから、彼女の店で常連客だけの送別会だよ。私はこの通り、辞退したけどね」
「それじゃあ……あの方、私に嘘を」
どうして……。
「紗江さんと何かあったのか?」
「えっ?」
「私に振り向いてくれなかった訳がやっと分かりました、とかなんとか言っていたけど」
「いえ、何も……」
何もなかった。でもあの人は気付いた。なぜ気付いたのだろう。
私は狼狽していただろうか。そんな筈はない。
愛する人の周りに蔓延る女を、嗅ぎ分ける本能なのかもしれない。
そして、彼女は私に嫉妬した。彼を想ってきた月日を回想し、せめてもの気慰みに、思わせぶりな嘘を突きつけて──。
立ち並ぶビルの谷間を、列をなしたテールランプがゆっくりと進む。渋滞に巻き込まれた私達は、行くあてもなく、ただ前を見ていた。
「透子」
「はい」
「会いたかった」
「……はい」
「ちゃんと顔を見せてくれないか」
あんなに取り乱してしまった事が今になって恥ずかしくなり、目を合わせる事ができなかった。
「ごめんなさい私……」
「いいから」