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歪んだ鏡が割れる時
第3章 第三章
「紗江というのは源氏名だよ。もちろん本名も知っているがね、私はずっと源氏名で呼んでる、客の一人としてね」

怒りが力を失っていく。

「今日は最後の夜で、その……この後の事は、あなたにお任せしていますってあの方が……」

「今夜はこれから、彼女の店で常連客だけの送別会だよ。私はこの通り、辞退したけどね」

「それじゃあ……あの方、私に嘘を」

どうして……。

「紗江さんと何かあったのか?」

「えっ?」

「私に振り向いてくれなかった訳がやっと分かりました、とかなんとか言っていたけど」

「いえ、何も……」

何もなかった。でもあの人は気付いた。なぜ気付いたのだろう。
私は狼狽していただろうか。そんな筈はない。

愛する人の周りに蔓延る女を、嗅ぎ分ける本能なのかもしれない。

そして、彼女は私に嫉妬した。彼を想ってきた月日を回想し、せめてもの気慰みに、思わせぶりな嘘を突きつけて──。


立ち並ぶビルの谷間を、列をなしたテールランプがゆっくりと進む。渋滞に巻き込まれた私達は、行くあてもなく、ただ前を見ていた。

「透子」

「はい」

「会いたかった」

「……はい」

「ちゃんと顔を見せてくれないか」

あんなに取り乱してしまった事が今になって恥ずかしくなり、目を合わせる事ができなかった。

「ごめんなさい私……」

「いいから」
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