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お礼の時効
第2章 今ならあなたに言える、愛してますと
半ば強引に浅野のマンションに連れてこられた春季は、ソファに座って困惑していた。
向かいには浅野が座り、お茶をどうぞと促している。

部屋に入ったとき感じたのはほとんど家具がないことだ、今座っているソファだっておそらくベッド代わりに使っているのだろう、枕が一つソファの下に転がっていた。
自宅のマンションにあるソファも、疲れた時にはそのままベッドに変わる。どこも似たようなものだと春季は思った。

「申し訳ないね、ここまで連れてきてしまって」

悪びれもせずに浅野は春季に謝罪の言葉を口にした。

「あなた仕事は?まさか勝手に休んだんじゃないわよね」

思わず口から出た言葉は、職務より自己を優先させたことへの批判だった。

「今日は休みをとっているから大丈夫ですよ」
「私は休みではありません。午後から打ち合わせが入っているんです」
「大丈夫ですよ、話はすぐに終わりますから」

じっと春季を見つめる浅野の目が熱いものに変わる、春季はそれに気づいてついと目をそらしてしまった。
春季の様子を見ていた浅野は、かけていたシルバーリムの眼鏡を外しシャツの襟元を寛げた。

「私はあなたをずっと想っていました。入学式であなたを見た時からね。あなたに想いを告げたいと思っていましたが、勇気も自信も当時の私にはありませんでした。だってあなたはまっすぐ前だけを見ていました、その姿がまぶしく見えて近寄れなかった。でも――――

浅野はそう言いながら春季の背後に回りこんできた、そして―――

今ならあなたに言える、愛してますと。時任さん、私と一緒にここに住んでください」

突然自分を抱きしめる腕の力に春季は驚いた。言葉が出ない。
うなじに浅野の唇が触れているのかそれは蠢いていて、そこから痺れに似たものが体中に広がり、ぞくぞくとしたものが背筋を走った。

頬に浅野の大きな手が触れる。その手は春季の顔を後ろにいる浅野の顔のほうへ向けた。
強い力じゃない、恐らく拒めば簡単にその手を振りほどけるだろう。
でもその手の暖かさと力加減は嫌ではなかった。

鼻先が触れる、春季はそっと目を閉じた。
唇に浅野の乾いた唇が触れた。その唇はかすかに震えていた。
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