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凍える月~吉之助の恋~
第14章 第六話 【対岸の恋人】 
 そう言ったのは佐助という日雇い人足をしている中年の男だった。似たようなことを言う客は他にも大勢いる。そんな時、お絹は亡くなった父がよく言っていた言葉を思い返すのだった。
―良いか、お絹。夜泣き蕎麦屋というのは、黙って客の話に耳を傾けてやるのも仕事の内なんだ。余計なことは言わず、ただ黙って客の憂さ話、自慢話、何でも良いから黙って聞く。美味い出汁の取り方を憶えるのと同じくらい、これも商売の基本だぜ。
 確かに、お絹には不思議な魅力がある。それは女としての容貌の美しさとか、匂い立つ中年増の色香というものとは別の、人間として彼女に備わったものであった。
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