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水流金魚
第1章 抜け出した金魚
 あの時、あんなに喧嘩をしたのに。俺も協力すると話し合いで決まったはずなのに。そんなことは一ヶ月もたたずして、忘れた翔ちゃん。離婚しよう。そうやって、何度も何度も考えた。けれど翔ちゃんを好きな気持ちは吹っ切れなくて、結局、十年も一緒にいてしまった。気づけば三十三才。子供が二人。

「行ってきまーす」

 上の子が小学校に行くと私は鏡の前に座る。

「おぎゃぁ」

 下の子が大きな声で泣くのに構わず、メイクボックスを開けた。質素なメイクに囲まれた中、一際輝くDiorの化粧品。大人な彼が誕生日プレゼントに買ってくれた唯一無二の愛。

 鏡にうつるシミだらけの肌。腫れぼったい目。カサカサの唇。

「綺麗だね。可愛いね」

 そんなこと翔ちゃんの口からもうどれくらい聞いていないだろうか。でも、彼は違う。

「花は世界で一番可愛いよ」

 そう言って私の頭を撫でるのだ。

 大人っぽいボルドーのタイトワンピースにSamantha Thavasaの黒のハンドバッグ。平凡な主婦の見栄。お金なんて、家に余裕なんてないのに増えていくブランド品。三十路BBAでも股を開けばついてくる男達。だけど愛しているのは年上の彼だけ。彼にも旦那にも秘密だけが増えていく。

「行ってきます」

 黒のタイツにペタンコのパンプス。下の子を抱いて家を出る。

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