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いじっぱりなシークレットムーン
第12章 Fighting Moon

「話を戻すけれど、心頭滅却は、雑念を断ち切ること。つまり、無我の境地に入れば、どんな苦労も苦労だと感じない……そんなことかしら」
……名取川文乃は怖い。
あたし達が不安に思って、よからぬ不安を抱えているのを見抜いていたから、こういう話をしたのだろう。
昨日、彼女の前では、皆で頑張ろうとしか言っていなかったはずなのに。
茶室の主は、この世界では全能なる神のようだ。
茶室だから見抜けるのか、それはよくわからないけれど、きっとこの茶室も多くの人間が、彼女の教えを乞いに座ったのだろう。
「あなた達も、どんな寒い場所でも、ウインタースポーツ……スキーやスケートをする分には、苦には思わないでしょう? 真夏もそうね、真夏であろうと外でスポーツする時、なにも苦に思わないでしょう?」
確かにそうだ。
真夏の炎天下にバーベキューでも気にならない。
雪と氷がある真冬にワカサギ釣りだって、気にならない。
「では皆さんに問います。冷暖房がないところで寒冷、熱暑が訪れた時、どうすれば快適に暮らせるでしょうか。答えを聞かせて頂戴」
彼女は、全員に問題を出した。
「はい、木島さん」
「暑くない、寒くないと言い聞かせる……っすか?」
「三上さん」
「それに惑わされず、それぞれにいい点を見つける……とか」
「鹿沼さん」
「……。あたしなら、無理に肯定も否定もせず、うまくやっていける道を見つけます」
名取川文乃は微かに微笑んだ。
「香月さん」
「私も、寒さ暑さをどうしようかと考えず、自分が寒さや熱さに慣れるようにしたいと思います。同化するというのか……」
「ふふふ。これには答えがないわ。これは禅の公案……言わば謎かけにある"洞山無寒暑(洞山に寒暑無し)"というもので、先ほどの杜荀鶴が洞山良价禅師に質問したものね。無論、寒さ暑さとは人生における様々な苦痛のこと。どうすれば寒さや暑さの苦痛から心身が安穏となるのかを聞いた時、洞山禅師は寒さも暑さもないところに行けと言う。ではそれはどこにあるのかと聞くと、寒さや暑さに同化すればいい。それが『無寒暑の境地』だと答えたの」

