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いじっぱりなシークレットムーン
第12章 Fighting Moon
 

 ***


 見合いの前夜、あたしは朱羽といたかった。

 だけど、力になってくれるという名取川文乃の言葉を信じ、名取川家で朝を迎えたが、ろくに眠ることが出来なかったのは、朱羽も同じだったようだ。

 寝ている杏奈を残して洗面に出ると、丁度朱羽が顔を洗い終わった時だった。

 おはようよりもまず朱羽は言う。

「……約束。今晩、うちに来て」

 まるで迷い子が母親を探しているかのように、朱羽の顔は、彼が隠そうとしても隠しきれぬ不安があった。

「そのことだけを考えて俺、やりきるから」

「うん……」

 言葉数が少なく、絡む視線は強く長く。

「陽菜……」

 朱羽が切ない顔で手を伸ばし、あたしの頬を触ろうとした。

 だが、朱羽はその手を丸め、触れるのをやめた。

「……願掛けにする。今日が終わって、あなたに触れるために」

 茶色い瞳が揺れて、静かに細められた。

「あなたを永遠に傍におくために」

 それは苦しげながら強い語気で放たれ、思わずあたしが泣きそうになった時、複数の給仕さん達の声が聞こえてあたし達は離れた。

 すれ違いざま、微かに触れた小指と小指。

 それが偶然なのか故意的なのかわからずして、朱羽の温もりが消えた。

 彼の温もりを長く感じるために、戦おう。

 なにがあっても、たとえ蔑まれてもあたしは朱羽を取り返す。


 ……そんな決意と、感傷的な気分を吹き飛ばしたのは、朝食のマナーから始まった、名取川文乃の猛レッスン。

 昨晩の夕食は洋食、今朝は和食。

 なにも気にしたことがなかった箸が難問だった。

「忍月当主は、箸でひとを判断するところがあるの。箸の持ち上げ方から、見られています。木島さん、がっと上から鷲づかみにしてはいけません! 三上さん一本ずつでもいけません。鹿沼さん、下からそんなに箸先を掴まないの!」

 OH、お腹がすいているから普通の癖が出てしまったよ。

「右手で箸の中央あたりを上から摘まむように少し取り上げ、次に左手を下から添えて、右手を右端に滑らせ箸の下に添え、そして持つ。置くときは、それを逆に。はい、やって見て下さい」

 逆、逆……。

 頭がこんがらがってくる。

 アメリカ帰りの朱羽の方が、お箸歴が長いあたしよりも、所作が自然で上品だ。

 まさかハンバーガーを、お箸で食べていたとか?
 
 
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