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いじっぱりなシークレットムーン
第4章 Secret Crush Moon

九年前は本当に優しくて柔和に笑う子だった。
九年後は、鉄面皮で冷たい男に成長していたけれど、実は根底の優しいところは変わっていないのかもしれない。
――チサ、気持ちいい?
九年前を持ち出すな。
「なぜ、私の仕業ではないと?」
「勘です!」
……嫌な顔をされた。
だから美人さんは、そういう顔されると怖いんだってば。
あたしはふと、香月課長の胸ポケットにある、やや細身の黒いボールペンを見つめた。
「……これがなにか?」
「ちょっと貸して頂けます?」
怪訝な顔をした課長が、ボールペンを手にして見せてくれた。
その背には、ローマ字で名前が書かれてある。それをあたしは見たのだ。
Syu Kohzuki
「課長、自分の名前をローマ字で書いてみて下さい」
「は?」
「名前というより、苗字を」
あたしは畳んだ段ボールの中にあった白い紙をもって来た。
Kohzuki
「これがなにか?」
「課長は、Kozukiと書かれないんですか?」
「はい、hを入れますが」
脳裏に、杏奈の言葉が再生される。
――うん。あのね、サーバーの最終ログイン時間は、今日の午前八時。その数分前にメールアドレスがひとつ追加されたの。
「課長、八時には会社にいました?」
「はい」
「サーバ室に入ったの誰か、見ていませんか?」
「三上さんが出てきたところは……」
「その前です。その前、課長はなにをしていましたか?」
課長は手を見た。
「手当をして貰っていました。2階で」
「2階? なんでまた」
「救急箱が2階にあると」
「1階にもありますよ、救急箱。誰ですか、2階で手当したのは」
「秘書課の……三橋さんです」
それは結城にフラられた子だ。
「ねぇ、課長」
あたしは、課長の様子を見て、わかった気になった。
「課長は、三橋さんの仕業だと、思われていたんじゃないですか? メール送信時にアリバイがないの、三橋さんが証明してくれないから、今もやもやな状況なんじゃないですか?」
だから課長は、動じていないのではないか。犯人に心当たりがあるから。

