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いじっぱりなシークレットムーン
第4章 Secret Crush Moon
 


 あたしはまだ繋げたままの、彼の包帯の手をぎゅっと強く握った。


「ううっ!?」


 前屈みになって呻く彼を突き放し、あたしは言った。


「失礼、致しました!!」


 くそっ、キスに感じた自分が恥ずかしい。

 背を向け、唇を手の甲で拭いながら出て行こうとする時、課長の声が聞こえた。


「鹿沼主任」


 悲しいかな、呼ばれたらそちらを振り向いてしまう習性。

 彼は包帯をとっていた。



「な、なにしてるんですか!!」


 慌てるあたしの前で、彼は嬉しそうな表情で包帯を解いていくと、ガーゼをとった手を見せた。

 真っ赤な血がまだ滲んだ、痛々しい傷跡――。

 それを引き攣った顔で固まるあたしに見せながら、愉快そうに彼は言う。


「これは、自分で――。あなたのマンションの壁、やけに白すぎたからイラっとして、思わず殴ってしまいました」

「うちのマンションの壁を殴ったんですか!? なんで壁が白いとイラっとするんですか!!」


「私の心の中が黒いと、あざ笑っているようで」


 理不尽過ぎる!
 

「なんですか、それ!! いらぬ修繕費を取られるだけだから、お願いですから壊さないで下さい!!」


 彼はその手に唇を落としながらあたしを見た。

 やばっ、エロとか思っちゃったよ。


「じゃあどちらか選んで下さい。壊されたいものは、あなたの家か、あなたの身体か」

「はい!?」


「鹿沼主任。今度、セックスしましょう。愛情がない結城さんと出来るのなら、私とでも出来るでしょう?」


 睥睨にも似た、挑発的な眼差しで。


「結城さんより、あなたを乱れさせてあげますから。

……九年前、あなたが俺に教えてくれた以上に」


 核心を突いた彼は、くつくつと愉快そうに喉元で笑った。


「たとえ嘘から始まった関係でも、俺はあなたを逃がさない。あなたを愛する恋人として、夢中にさせてみますよ、……陽菜さん」


――チサ…。チサって言うんだ。……だったら。


「もう俺は、九年前の子供ではないことを、証明してみせます。……覚悟していて下さい」


 ……九年前にあたしが拾った彼は、九年後、猛獣に成長していたらしい。

 美しい美しい、性的魅力にも溢れた猛獣に。


 そう遠くもない未来に、本当に食われる予感がして、あたしはふるりと身震いした。
 
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