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いじっぱりなシークレットムーン
第14章 Secret Moon
***
名取川邸――。
「まあ、衣里さんとともに酷い顔」
名取川文乃が、ころころと声をたてて笑った。
「ま、結果はわかっておりましたけれど。なんといっても我が娘ですから」
親ばかになってしまったように、当主に言う。
「それで、渉さんはいいとして、美幸さんの姿が見えないのは? 誠意がございませんことね」
「美幸は……出て行った。自分で」
「……そう」
彼女は顔から笑みを消して、神妙な顔つきとなった。
「……ワシにとってなにが一番なのかということを、陽菜さんを始めとした孫達に教えて貰ったわ。お前にも迷惑をかけた。ようやくワシは、欲しかったものを手にできそうな気がする」
「あら、忍月財閥ではなくて?」
「違う。ワシが欲しかったのは、笑い合える家族だ。孫が……可愛いと思うのだ、もっと懐いて欲しいと思うのだ」
切実な声。
遡ればあの時、あたしが初めて中華もどきの夕飯を作った時に、スマホを見てよかったと思う。
あの時、食堂で当主がスマホに食いつかねば、当主は孫達と雑談することもなく、孫と会話する楽しさを感じなかっただろうから。
あたしに反発した使用人達が意地悪をしてくれたから、孫と祖父を引き合わせることが出来た。
悪さをしようとした使用人が、その仲を取り持ったのだ。
「あらま。随分と溺愛なされていらっしゃること。前にうちに来た時は、まったくそんな素振りはなかったのに」
「す、すまぬ……」
「謝ればすむとお思い? 陽菜を散々苦しめて」
「ワ、ワシが悪かった。許してくれ……陽菜さん、文乃」
……当主を小さくさせられるのは、名取川文乃しかいない。
彼女と似た美幸夫人ですら、当主は優位にいたのだ。
それが名取川文乃にかかっては、第三者が口を挟む間もなく、完全に彼女に当主は翻弄されている。
美幸夫人が似ているなんて、名取川文乃に申し訳ない。
役者が違う。生まれ持った素質が違う。
当主が、彼女と添い遂げていたら、また忍月の歴史は変わっていただろう。
名取川文乃がいるから、満たされた当主は浮気をしようとも思わなかっただろうし、そんな親を見ている子供も、妻を苦しめることもなく。
ほんの僅かな捻れが、子供達を不幸にしていく――。