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いじっぱりなシークレットムーン
第14章 Secret Moon
朱羽が中に入ろうとするが、あたしはただビルを見上げていた。
「どうした?」
振り返った朱羽が怪訝な顔をあたしに向けた。
「……この会社で働けてよかったなあって。現在進行形でね」
朱羽はあたしの横に戻ってくると、静かに手を伸ばしてあたしの肩を引き寄せた。
「この会社にいなかったら、あたしは朱羽とこうして肩を並べていることは出来なかった。こうして……朱羽を、忍月から当主から、自由にさせることは出来なかった。あたしは……朱羽とすれ違ったままだった」
「……そして別の男と出会って、恋に堕ちて。結婚でもしていた?」
向けられるその目は、棘ある言葉とは相反してとても優しく。
木枯らしが朱羽の黒いコートの裾を翻す。
あたしは静かに頭を振った。
「ううん。愛を知らないあたしは、ずっとひとりでいたと思う。シークレットムーンに入社してなかったら、こんなに仕事や仲間が好きだと思うこともなく、あたしは満月に苦しんだまま……孤独に生きていたと思うんだ」
「……あなたは既に結城さんと大学で知り合っている。きっと結城さんがなんとかしてあなたを同じ会社に入れたと思うよ?」
「今も結城のおかげでいれてもらったんだけれどね。結城がいなかったら、就職浪人していた。そしてまたバルガーでバイトでもしていたかも」
それを聞いて、朱羽は口元を綻ばせた。
「そうしたら俺があなたを見つけにいく。バルガーからあなたが消えても、それでもどこかのバルガーにあなたがいると思っていただろうから。東京虱潰しに探して、それでもいなかったら全国探しに回っていた。バルガーの本社からアルバイト情報でも盗み出して調べていたかも」
「はは。よかった、朱羽にそんなことさせなくて」
「……あなたと俺が出会えそうにもない境遇であったのなら、きっと誰が手を差し伸べて引き合わせてくれたよ。あなたがどんな道を進んでいたって、あなたと俺が出会うのは、決定事項だったと思う」
「ふふ、運命ではなく決定事項なんだ?」
なんて素敵な、他者に口を挟ませない……強制的に縛る理由。
「ああ。運命という単語は嫌いだし、変えられるだろう? だったら変えられない、決定事項こそ相応しい。あなたと俺の出会いは」