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いじっぱりなシークレットムーン
第14章 Secret Moon
 

 優しさを忘れないこのひとを、なんで氷のようだと思ったのだろう。

 慌ただしく過ぎ去る時の中、こなしていた仕事のひとつを、こうして間近で褒めてくれたのが嬉しくてたまらない。

 皆で肩を並べて走ってきたスタイルのあたしだったけれど、こうして舞台裏でこんなに優しく褒めて貰ったことはなくて。

 だから……。

「本当にあなたはいじっぱりなのか、泣き虫なのかわかりませんね」

 こんなはしたない格好をさせておいて、上司と部下ならざらぬ手の繋ぎ方をしておいて、まだ清廉な上司モードで朱羽は笑う。

 セットされた、黒く艶やかな髪。
 理知的な美貌を際立たせる眼鏡姿。

 白いワイシャツで光沢あるシルバーのネクタイを結んだ彼は、いつも傍にいたいと思って、取り戻すために忍月に乗り込んだ……あたしが好きな朱羽そのひとだと言うのに、あたしがどうしたって隣で肩を並べない、高みにいる別の男で。

 ……財閥の次期当主なんか、すぐなれちゃうひとで。


 そんなひとに吐かれる――、


「……本当に、可愛くてたまらないひとだ」


 胸を苦しくさせるほどの甘い言葉は、破壊力があって。

 こうやって、愛おしげに見つめられて。
 こうやって、"男"の表情を見せてくれて。

 愛してくれているということに、細胞が奮える。

 あたしのすべてが、この男に服従したいと叫ぶ。
 この男に愛されるために、なんでもしたいと思ってしまう。


「主任のこんな可愛い顔を、私以外、誰にも見せないで下さい」



 倒錯する――。


「か、ちょ……」


 あたしはずっと……上司のこのひとに片想いをしていた、そんな倒錯に。


 あなたが好きです。
 あたしを仕事以外でも必要として下さい。
  
 部下のあたしは、上司である課長に懇願の目を向ける。 

 愛して下さい。
 あたしの気持ちを受け取って下さい。


 そんな気分になって勝手に切なくなる。
 
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